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その起源は平安時代。
公家の牛車(ぎっしゃ)が往来する京の都大路にて、参内する牛車には誰が乗っているのかすぐ分かるように、牛車に文様を付けたのが始まりと言われています。
「私の方が偉いんだから道を譲りなさい」という発想だったんでしょうか。
そしてその文様は家具や装飾品などにも付けられていきます。
ちなみに天皇家の「十六菊」や「五七の桐」は、鎌倉時代前期に天皇家専用に定まったと言われています。 |
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江戸時代に入ると、合戦で自家の存在を示すものから、家の格を表すものとして使われるようになります。これは江戸時代に入り、合戦がほとんどなくなった為です。武士は正装である裃(かみしも)に家紋を入れることによって、町や城内で会った際に言葉を交わさなくても相手との上下関係が分かるようになりました。
そして、それらは幕府により厳格に管理され、家紋を変更することは難しくなりました。
また、江戸時代には家紋は下級武士や農工商のいわゆる平民と呼ばれる層にまで広がりました。特に商人は店の入り口や暖簾、蔵や所有する帆船の帆等、様々な装飾品や道具、家具などに家紋を描きました。さらに羽織などの礼服に家紋を入れる習慣が出来上がり、普及に拍車をかけました。 |
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縄文時代
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弥生時代
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紀元前四世紀
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稲作が日本に伝わる |
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239
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卑弥呼が魏に使いを送る |
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四世紀
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大和朝廷の全国統一 |
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古墳時代
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538
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仏教伝来 |
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593
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聖徳太子が摂政となる |
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645
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大化の改新 |
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奈良時代
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710
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平城京遷都 |
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752
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東大寺建立 |
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平安時代
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794
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平安京遷都 |
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935
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平将門の乱 |
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1000頃
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源氏物語・枕草子などの平安文化 |
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1016
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藤原道長が摂政となる |
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1053
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平等院鳳凰堂 |
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1167
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平清盛の執政 |
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1185
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平氏滅亡 |
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鎌倉時代
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1192
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鎌倉幕府成立 |
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1221
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承久の乱 |
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1232
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御成敗式目 |
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1274
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元寇 |
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室町・
戦国時代
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1338
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室町幕府成立 |
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1397
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足利義満、金閣建立 |
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1467
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応仁の乱 |
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1549
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キリスト教伝来 |
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1573
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室町幕府倒幕 |
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安土・
桃山時代
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1582
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本能寺の変 |
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1590
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豊臣秀吉の全国統一 |
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1592
1597
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朝鮮出兵 |
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1600
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関ケ原の戦い |
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江戸時代
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1603
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江戸幕府成立 |
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1635
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参勤交代制度 |
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中期
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京都・大坂・江戸にて
町人文化が栄える |
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1853
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ペリー来航 |
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1867
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大政奉還 |
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明治・
大正時代
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1868
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明治維新
大日本帝国憲法発布 |
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1871
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廃藩置県 |
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1894
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日清戦争 |
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1904
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日露戦争 |
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1914
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第一次世界大戦 |
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1923
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関東大震災 |
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1925
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普通選挙法の公布 |
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昭和・
平成時代
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1929
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世界恐慌 |
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1931
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満州事変 |
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1937
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日中戦争 |
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1941
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太平洋戦争 |
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1945
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原爆投下・ポツダム宣言受諾 |
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1951
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サンフランシスコ講和条約 |
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1956
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国際連合加盟 |
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1964
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東京オリンピック |
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1970
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大阪万国博覧会 |
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1995
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阪神淡路大震災 |
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1998
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長野冬季オリンピック |
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平安時代後期や鎌倉時代に武士が台頭してくると、武士の間でも家紋が使われるようになってきます。
武士が家紋を使用しだしたのは、戦場で敵味方の識別のためで、旗・幕・盾・武具に家紋を使われました。家紋は戦場における混乱を避け、また自分の成功を際立たせました。
室町時代に入ると軍旗、鎧直垂、兜、狩衣などに家紋が定着し、このころから広く普及されたとも言われています。武勇に輝く有名な紋は、羨望の眼差しでみられたのでしょう。
また、同時期にはそれまで一族で同じ家紋を使っていたものが、違う家紋を使用するようになり始めました。これは、この頃から同族争いなどの争いが増えてきた為で、いざ戦になったときに敵味方の判別が出来なくなるのを防ぐ為でした。これにより家紋の種類は爆発的に増えました。 |
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明治時代以降になると家紋はさらに一般大衆に受け入れられるようになりました。
しかし、生活の西洋化が進むにつれ、衣服も西洋化し家紋の入った和装をする機会は減っていった為、家紋と接する機会は少なくなっていきました。
太平洋戦争中など、軍国主義や国粋主義の
また戦後になると核家族化が進み、家紋の伝承が行われない場合も出てきています。逆に今までの家紋とは違った全く新しい家紋を作り、新たに家の家紋にする人も増えてきています。
弊社では、代々伝えられてきている家紋を次世代に伝えるお手伝いとともに、新しい家紋を生み出すお手伝いをさせて頂いております。 |
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