木島坐天照御魂神社
(このしまにますあまてるみたま神社)
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元糺の池
(もとただすのいけ)
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祭神は天之御中主神外四柱、延喜の制(一千年前)名神大社、諸祭の官幣に預かる。
創建年月は不詳(推古天皇十二年「一三〇〇年前」)であるが、天之御中主神を主とし奉り、上は天神に至り、下は地神に渉り、御魂の總徳を感じて、天照御魂神と称し奉り、廣隆寺創建と共に勧請されたとも伝えられる。
学問の神であり、祓いの神でもある。 |
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境内に四季湧水する神池がある。
元糺の池と称す嵯峨天皇の御代に下鴨に遷してより「元糺」と云う。
糺は「正シクナス」「誤ヲナオス」の意味で、此の神池は身滌(みそぎ・身に罪又は穢れのある時に心身を清める)の行場である。
夏期第一の「土用の丑」の日に、この神池に手足を浸すと諸病にかからぬと言う、俗信仰がある。 |
養蚕神社
(かいこのやしろ)
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三柱鳥居
(みはしらとりい)
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雄略天皇の御代(一五〇〇年前)秦酒公呉国(今の中国南部)より漢織・呉織を召し、秦氏の諸族と共に数多くの絹、綾を織り出し「禹豆麻佐(うぶまさ)」の姓を賜わる。
この地を太秦と称し、推古天皇の御代に至り、其の報恩と繁栄を祈るため、養蚕、織物、染織の祖神を勧請したのが、この社である。
養蚕、織物、染織の守護神である。 |
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全国唯一の鳥居である。
上段神池にあり、鳥居を三つ組み合わせた形態である。
中央の組石は、本殿ご祭神の神座であり、宇宙の中心を表し、四方より拝することが出来るよう建立されている。
創立年月は不詳であるが、現存の鳥居は享保年間(二六〇年前)に修復されたものである。
一説には、景教(キリスト教に一派、ネストル教。一二五〇年前に伝わる。)の遺物ではないかと云う。 |
きもの塚
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日本民族衣装「きもの」は世界に誇るすぐれた伝統衣裳であり、教の隆盛を築き得たのも長い日本の歴史の中で、幾多の先人関係者の血のにじむような、尊い努力の賜物でありこの輝かしい伝統を継承することが「きもの」関係者に課せられた使命であり、先駆者の輝かしい業跡を記念し、且つ関係者の心の「よりどころ」として建立したものである。 |
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